田島征三/作 40P 童心社
【戦争は誰のため?そして、姿が見えなくなった「ぼく」の魂はどこへ?】
戦場で砲弾にふきとばされたぼくの体はとびちり、足も顔もなくなりました。でも、ぼくの心は弟の怒りを見、母さんの悲しみを見ます。
憎悪と復讐がどれだけむなしいものか。「だれのためにころし、だれのためにころされるの?」戦争を起こそうとする黒い影が見えますか?
(出版社の紹介文から引用)
【丈太郎のひとりごと】
今作が発表されたのは2012年6月20日。ちょうど14年前のことです。児童書業界では、その間に「楽しい!面白い!」というエンターテイメント性が高く、キャラクター重視の様々な絵本がその間にたくさん出版され、一時的なブームで消えていく絵本も多々ありました。
一般書店、大型チェーンの書店の児童書コーナーで賑わっているのは「売れている絵本」のシリーズ絵本が占拠し、いつの間にか「売れている絵本」=「良い絵本」と定義され、絵本から派生したグッズも多様化しています。
そんな書店に征三さんの絵本はあまり見かけません。せいぜい代表作の一つでもある『とべバッタ』(偕成社)と、比較的新しく発表された絵本が棚差し(背表紙しか見えない)で置いてあれば良い方です。
そして悲しいことに今では手に入れることが出来ない征三さんの絵本は沢山あります。
そんな中で今作は今年の3月にNHK Eテレの「100分de名著」という番組で取り上げられ、急に大きな注目を浴び、出版社も在庫僅少であったため、すぐに「品切れ」となってしまい、すぐに読めない状況が続きましたが、あまりにも大きな反響があった為、急遽出版社が重版(増刷)することになったのです。
メディアで取り上げられなかったら、今作もフェードアウトしていく運命だったのかもしれません。
正直にいうと征三さんが描く絵本は、今の流行りでもありません。そもそも絵本作家としてのデビュー作である『ふるやのもり』(福音館書店)に関しては、評論家からは酷評の嵐だったと言われています。しかし、子どもたちはこの絵本を大喜びして読んでいる姿から、その酷評を覆し作品として高く評価されるという、当時の保守的な評論家たちの滑稽さがあらわになったのです。
今作は、征三さんが「戦争」に対して真っ向から思いの丈を、激しく荒々しい筆遣いで描かれています。ストーリーも綺麗に整えることなく、思いの丈の全てをぶち撒いています。それはもうタイトルそのものです。
「ぼくのこえがきこえますか」
自らが望んだ人生の選択肢はなく、命令により自身の想いとは裏腹な行動をしなければならない。生身の人間たちが「何故?」という疑問を持つ猶予もなく命を奪い合う。そして、戦場に残るものは人間としての形ではなく「魂」なのです。その「魂」は何処へ行くのか?
征三さん自体も戦争体験者であり、今までもゴミ処理場による環境破壊、障がい者差別など「世の中が見て見ぬ振り」をしてきた事について「絵本」を通して世の中に問題定義をしてきています。
今作の表紙の美しい青い色彩から想像することの出来ない、生々しい表現の数々。ページをめくるたびに胸が苦しくなるこの想いは、一体なんであろうか?
現在の日本はどうなのか?「対岸の火事」と思っていたような「戦争」という言葉が、実際に自分達の生活にチラついて来ている感じがしませんか?
そもそも人間は学習能力を持っていて過去から学んできているはずなのに、一部の人間の名誉や利権により、またもや同じ過ちを犯そうとしている。この真実を僕らはしっかりと受け止めなければならない。
今作を子どもたちと一緒に読んで「喜怒哀楽」の感情を共にしなければならない。その為ににも僕ら大人が今すべきことは何か?それは自分の意思表示をしっかりと世に表現していくことが重要であると僕は思うのです。
征三さんの今作に込めた想いをしっかりと受け止めて、今の時代を生きるものとして行動すべきではないか?と。
このタイミングでの今作の紹介はとても大きな意味を持っています。必読必須!
