こうの あおい/作 32P アノニマ・スタジオ
【「余白」がたっぷりの絵本の世界に入って遊んだり、考えたり、、、。】
朝が来て、猫や鳥たちが「なにして あそぶ?」と、ひなたぼっこしたり、かくれんぼをしたりして遊びます。
そこへ大変なことが!「なにがあったの?」何が大変かは分かりませんが、とりあえず急いでその場から逃げます。そして、そこから「どうしようかな?」と考えて「そうだ!」と思いつきます。
さて、その思いつきとは?
沢山の種類の色が使われていますが、決してカラフルではなく全体的に落ち着いたトーンで、センス良く「具体的」なものはしっかりとした構図で、「抽象的」なものは思いっきりカラフルに描かれており、そのバランスが絶妙です。
【丈太郎のひとりごと】
この絵本は約50年ほど前に海外の出版社の編集者の依頼を受けて制作していたものが、当時は日の目を見ることなかった作品を、長い年月を経てストーリーやテーマを練り直して制作された絵本のようです。
それをこの絵本の「あとがき」の解説で読んで、僕は「だからか!」と腑に落ちました。はじめて絵を見た時は「若手作家さんのとてもセンスの良いデザイン性の高い絵だなぁ。」と思ったのですが、作者の「こうの あおい」さんは、なんと1936年生まれ!イラストレーションはもちろん、テキスタイル、カーペット、絵本、玩具などの手がけているようです。
僕が腑に落ちたと言うのは、最近の絵本の傾向として「うるさい」ものが多いのです。それはストーリーが長文かつ複雑だったり、絵もぎっしり「綺麗」に目がチカチカするように描かれており、特にキャラクター性の強い絵本が支持されています。
それらを全て否定する訳ではなく、あくまでもその類の絵本の傾向が多過ぎるとのことです。
しかし、この絵本は文章も「ひとこと」ずつ進んでいきます。それも内面を書いたものではなく、その「状況」を言葉で表現しているだけ。
絵は落ち着いたトーンの色遣いで目も疲れず、隙間だらけ。気がつけば自然に絵本の中に入り込んで、絵本に出てくる仲間たちと一緒に考えたり、行動したりしている自分がいたりします。
今昔を比較しても仕方がないことですが、昨今の絵本はとにかく「余白」がないものが多いのです。文章も絵も情報量に溢れ返り、読者が絵本の世界観に入れないような、何だか作者の考えを押し付けられている「教科書みたい」なものが増えてきた気がします。
恐らくそれらは、世の中的に「結果主義」、「効率化」、「時短」の進む中で、より「分かりやすい」ものが好まれている傾向にあるから仕方ないことかも知れません。
それに比べて昔(どの時代で区切るかは定かではない)の絵本にはたっぷりの「余白」があります。読者が絵本の世界に入り楽しめるようになっています。
その代わり、昨今の絵本のように「分かりやすい結果」がありません。エンドユーザーとなる読者が自由に解釈して、日々の生活の中に溶け込ませながら「こたえ」を見つけるものだと思います。中には未だに「こたえ」が見つからない絵本もあります。
そう、絵本は「こたえ探し」ではないのです!
この絵本には「余白」がたっぷりあります。様々なものを削ぎ落とした「引き算の美学」を感じる絵本です。
フラットな気持ちでこの絵本を開いて見てください。きっと、自分が絵本の中にいるように感じるはずです。
もちろん、純真無垢な子どもたちならフラッと自由にこの絵本を出入りすることができるでしょう!